ドッグフードの原材料表示を見ていると、「酸化防止剤(BHA、BHT)」という表記を見かけることがあります。そしてネットで「BHA 犬」と検索すると、「発がん性がある」「危険な添加物」といった情報がずらりと並びます。BHA・BHT は人間の食品にも使用されるありふれた酸化防止剤にもかかわらず、「発がん性」の話が独り歩きしている状況には、どのような背景があるのでしょうか。

「発がん性がある」とされた根拠

BHAは、IARC(国際がん研究機関)によって「グループ2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)」に分類されています。この分類の根拠になっているのが、ラットやハムスターを使った動物実験で、BHAを大量に含むエサを長期間与えたところ、「前胃」という部位に腫瘍が発生した、という一連の研究です。

1994年の研究では、エサの中のBHA濃度を60ppmから12,000ppmまで何段階かに分けて、約2年にわたって投与しました。その結果、統計的に意味のある腫瘍の増加が見られたのは6,000ppm以上のグループで、それ以下では増加が見られませんでした。この6,000ppmという量は、人がふだん口にするBHAの量のおよそ1,500倍にあたると報告されています。つまり「BHAに発がん性がある」という話は、日常的にありえないレベルの量を、2年間投与し続けた場合であることに留意せねばなりません。

また、BHTについては、IARC(国際がん研究機関)によって「グループ3(発がん性は分類できない)」に分類されています。これは、発がん性の懸念レベルが低く、現時点では判定保留とされていることを意味します。同じグループには水道水や緑茶が分類されています。

さらに、BHAは体内に蓄積しやすい物質ではありません。経口摂取された後、消化管から速やかに吸収され、肝臓で代謝されて尿や便と一緒に短時間で体外へ排出されます。何年も体内に留まって蓄積し続けるわけではないため、長期投与によってリスクが上昇するような事実もないと言えるでしょう。なお、BHTはBHAに比べると体外への排出がやや緩やかで、脂肪組織にも一定量取り込まれることが分かっていますが、これも数日〜1週間程度で徐々に排出されていくもので、ダイオキシンのように何年も体に留まり続けるタイプの蓄積物質ではありません。

「前胃」は、犬にも猫にも人間にもない

さらに、この実験には重要なポイントがあります。腫瘍が発生したのは「前胃」という部位でした。前胃とは、ラットなどの齧歯類が持つ、食べたものを一時的に貯めておく臓器です。この臓器は、犬や猫、そして人間にも、存在しません。そのため、IARC(国際がん研究機関)も後年、BHAが前胃に腫瘍を作るメカニズムは、前胃を持たない動物には当てはまらない可能性が高いという見解を示しています。つまり「ラットの前胃にできた腫瘍」というデータを、前胃を持たない犬に当てはめて心配するのは、動物の解剖学的違いを軽んじていることに他なりません。

酸化した油脂を食べるリスクの方がはるかに高い

そもそもBHAやBHTは、ドッグフードの「脂質の酸化(腐敗・劣化)」を防ぐため添加されます。酸化した油脂(過酸化脂質)を摂取すると、その強い毒性によって内臓障害、皮膚炎症、強い消化器症状(下痢・嘔吐)などの明確な健康被害が引き起こされます。科学的には「防腐剤・酸化防止剤を使用しないことで食品が酸化・劣化するリスク」の方が、「基準値内で使われる酸化防止剤のリスク」よりもはるかに実害が大きいと評価されています。それゆえ、基準を守って添加された化合物に対して、必要以上に恐れる必要はありません。それよりもご家庭での開封済みのフードを適切に管理することが、愛犬の健康を守るためには大切なことと言えるでしょう。

参考文献

IARC. 1986. Butylated Hydroxyanisole. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risk of Chemicals to Humans, Vol. 40.

IARC. 1987. Butylated Hydroxytoluene (BHT). IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risk of Chemicals to Humans, Suppl. 7.

Ito, N. et al. 1986. Dose response in butylated hydroxyanisole induction of forestomach carcinogenesis in F344 rats. Journal of the National Cancer Institute, 77:1261-1265.

Whysner, J. et al. 1994. Genotoxicity of Butylated Hydroxyanisole and Its Two Major Metabolites.

Williams, G.M. et al. 2021. Butylated hydroxyanisole: Carcinogenic food additive to be avoided or harmless antioxidant important to protect food supply? Regulatory Toxicology and Pharmacology.

迫田順哉.2024.ペットフードの安全:化学物質のリスク評価・リスク管理の基礎.ペット栄養学会誌,27(2):101-113.

食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生労働省告示第370号).BHA・BHT使用基準.